2009年04月22日

坂道

12年ぶりに引越ししました。

といっても同じ町内で1kmも離れてないんですが、めちゃくちゃ疲労困憊、でも引越しゴミの整理もほぼ終わり、ブログの更新ができます。

でも更新に画像がないと寂しいですが、幸い新居にはネタがありました。
下の画像、洗面所の窓から見える坂です。

01.jpg
なにかが登ってきそうです。

降りる坂道、登る坂道、坂道や階段はその落差から此彼の境界をイメージしますね。
でも異界への入り口としての坂道は意外と日本特有のものなのかも知れないです。
大林監督の映画などでは多用される坂のモチーフですが、向こうの映画
ではそういう場面をあまり見かけません。
宗教的、文化的な理由でしょうか。

坂では転んだり事故が起きやすいから、日本では忌み地的な捉えられ方もしたのかも知れません。

でも坂道で私がまず連想するのは古事記にある黄泉の国へと続く坂道です。
そこから戻るときは振り返ってはいけない。
だから坂道を登るときはいつも振り向くのをためらいます。

封建主義の階級の象徴的な意味合いからも言えることなんでしょうが、人生振り返ってばっかりの自分的にはお似合いの引越し先だったのかも知れないなぁ。

ともあれ部屋の整理とかも残ってるし、なんだか疲れも取れないので、すぐ中断していた作業に戻れないのが辛いです。



posted by まーちゃん at 05:09| 東京 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 仕事日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
坂道コロコロ って言うお笑いコンビがいましたが、日本では、自虐的表現にも坂道って言う単語はつかわれますな。
坂道あるいは下り坂って言う言葉は
英語圏のライクアローリングストーン的な意味
にも捉えられてるように思う。
坂道を走り抜けるだけの短いテレビ番組が存在するくらいだから日本は相当に坂道だらけなのでしょう。
浅田次郎原作の 地下鉄に乗って という映画
で、未来から来た自分の娘の不幸な恋愛を悲しみ、おなかににいるその子供を堕胎するための手段として階段落ちがつかわれていたな。あれは結構ショックだった。
アイデァ的には時をかける少女と転校生を一本
にまとめて作ったような作品だったな。

そういえば浅田次郎原作の映画といえば 椿山課長の七日間 という成仏できない中年男の魂が若い女に乗り移るっていう入れ替え系の作品もありますね。地下鉄に乗って も昔の大林系の臭いを感じますが、椿山 のほうは転校生
がベースになってるような感じがします。


Posted by ちりぢり博士 at 2009年04月24日 12:10
そうですか「メトロに乗って」はそういう作品ですか。
以前、浅田さんの新撰組に材を取った小説を読みましたが、浅田次郎は人の人生や不幸に対して苛烈な視点を貫いているような気がしました。
悪く言えば小説を遣って人を弄ぶ傾向がある・・・・人情家というよりサディスティックな傾向が強い小説家なんだと思います。

浅田氏といえば思い出すのが「一杯のかけそば」(なんでだよw)なんですが、当時映画化されてるらしくて観たいんですが(苦笑)DVD化されておらず、これもランタル落ちをヤフオクで手に入れるしかないようなので放置しています(笑)

それに対して大林監督ですが、ねちっこいほど女性(少女)に対して感情移入するタイプで賛否が分かれる方ですが、なんか好きなんですよ。
作中、女優を絶対脱がせる、という吟じでもあるのかと訝しく思いますが、ある意味それって活動屋にとって正しい論理だと僕は思ってるんでしょうね。

人によって許せる表現限界ってのがあるみたいですね。
Posted by たなま at 2009年04月24日 18:37
いやぁでも、浅田作品には悔しいけど泣かされてしまうものもあるんです。友人の漫画通も浅田原作ながやす巧作画のラブレターと言う作品には泣かされたそうですwオラもラブレターにはやられましたねw。その作品もやはり不幸なジャパユキさんの運命が題材でしたw。
「不幸な女」という要素が浅田作品には必ずあるように思えます。

おっぱいの掛けそばじゃなくてw一杯のかけそばと言えばオラは、余命1ヶ月の花嫁 を連想してしまいます。題材になった美談も裏があるようで、その裏側のほうが面白いし明らかにするべき題材なんじゃないか?とか思ってしまいます。
積み木崩しも、その後と真実の積み木崩しを描いた作品のほうが面白かったし考えさせられるものがあったし。

邦画のマイナー作品DVDってマイナーなホラー作品と同じくらい高値だったりしますねw。
最近は廃盤DVDが高値になるとLDやVHSの同名ソフトまで値上がりする傾向ありますね、DVD未発売系もビデオやLDが高値です。
オクでもレンタル落ちビデオソフトが徐々になくなってきているのでそのせいで高くなってるのかもしれないのですが。

関係ないですが 死霊のえじき のリメイク作品はバイオハザードみたいな軽い作品だそうです。元々のテーマである閉じ込められた人間たちが徐々に疲弊して狂っていく…という部分がどういう風に描かれるか期待してたのですがねー。やはりロメロ御大のダイアリーオブザデッドに期待しておこう。
Posted by ちりぢり博士 at 2009年04月24日 21:12
なんか予感ですが、欧米のゾンビものに関してはネタが出尽くして、これ以降はあまり内容的に新しいものは出ない気もします。
新約聖書という宗教的束縛へのアンチテーゼしかテーマが思い浮かばないじゃないでしょうか、あっちの人。
だから最近までJホラーが持て囃されたんじゃないかと思うし・・・。

日本はその点、歴史上、着かず離れずの宗教的許容力からネタの宝庫ではあるし、いろいろな発想がまだやりやすいので、当面いろんな文化的な新しい発想を世界に発信し続けるんんじゃないかと思います。

でも・・・ほんとうに「一杯のかけそば」みたいなチンケな話ほど、想像力を掻き立てられるのも確かで、だから引用したんですが、そういう馬鹿馬鹿しい話にこそ市井の人の求める矛盾した願望が込められてるんじゃなまいかと思うんですよね。

変な話ですが。

Posted by たなま at 2009年04月27日 01:03
一杯の掛けそばのDVD化はむずかしいんじゃないでしょうか。調べてみると原作者があちこちに借金しまくって行方不明らしいですな。
書籍中古しか流通してないようだし。
オクでビデオが150円くらいで出品されてましたよ。
オラの中で一番説得力のあると思えるいい話は…
母を訪ねて三千里ですな。子供が子猿と一緒に
あんな長旅できるはずない!とかよく言われますがw。人情系のいい話の要素と奇跡の物語として持ってるリアリティのかみ合いが良いのです。
不幸な話の典型のフランダースの犬も同じような理由でいい話だと思うし納得できるかな。
そういえば
フランダースの犬のハリウッド実写版のラストって面白いですよ。いかにもハリウッドって感じで(一番新しく製作された作品)


Posted by ちりぢり博り at 2009年04月27日 03:04
いえ別にかけそばの話が説得力があるってことではないんですけどねw
胡散臭くて突っ込みどころ満載って意味ですが(苦笑

フランダースの犬のセントバーナード犬はクージョを見てからイメージが変わってしまって、狂犬パトラッシュネタを考えたことがありますが(意地悪な村人は全部食い殺す)動物描くのが苦手なのでやめました、というかそんなネーム通す編集はいない(苦笑

より近い発音だとパトラシエかな。
狂犬パトラシエかこいいです。
バスカヴィル家の犬も怖いです。

そういう話ではない?




Posted by たなま at 2009年04月30日 00:48
狂犬パトラッシュすかw

貧困にあえいでいたネロとパトラッシュは亡くなったおじいさんを食べて飢えを凌いでいた..だがやがて、おぢいさんも本当に「無くなって」しまい…

とかwフランダースは怖い話の要素一個加えるだけで立派なホラー文学になってしまう気がする。

フランダースの犬のプロットってフランケンシュタインの怪物のプロットに似てますよね。
日野日出志が延々描いてる不幸な少年の怪奇ホラー物にも似てる。
そういうはみ出し物を排除するようなお話に出てくるような「排他的な村人達の集団リンチ」的な要素って典型的だけど誰しも恐怖する要素なんだろうな。
物語後半の不幸の連鎖と村人達からの差別意識のたかまり…











Posted by ちりぢり博士 at 2009年04月30日 11:41
最後ベルギー軍が出てきて一斉射撃でオチ、と思いきや、巨大化したパトラシエが・・・・、もういいか(笑

これじゃ狼男アメリカンですね。
Posted by たなま at 2009年05月01日 22:44
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